桜郷土史研究会のページ「一生吹山の歴史」は、
戦国時代の天文8年(1539)、今の三重県四日市市桜地区(旧名・伊勢国三重郡智積寺郷佐倉之里)に生を受けた佐倉城主小林重則が、近隣の峯城主峯盛定の襲撃を受け、死闘の末、敢え無く弱冠18歳で自刃してその生涯を閉じました。
本論では、佐倉城主家の由緒、戦国時代の当地・智積寺郷佐倉の里の状況、峰氏との戦闘に至った経緯等を詳細に明記しています。また、その戦さの惨状を物語る「矢合川(やごうがわ)」という川名と、「殿原(とのはら)」という字名(あざめい)の由来も記しています。
その戦闘から32年後、城主小林重則の遺児”重定”は、八郎左衛門重定と名乗り「佐倉城」を再興を果たしたこと等々を含め、数々の史料と伝承から知ることのできる当時の人々の行動なども併せて記したものです。
一方、「さくら城に沈む月」は、
当会のページ「一生吹山の歴史」をもとに描かれた劇工房MAKO企画様の創作劇で、人間の優しさと愛の強さ、また憎悪と欲望から起こる戦い、これに幾重にも複雑に絡み合う「縁(えにし)」の糸を織り込み、永久の時代空間を超え「愛とは」・「生きることとは」と強いメッセージが送られます。
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